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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)2792号 判決

千葉相互銀行

事実

控訴人(一審原告、敗訴)小泉栄助は請求原因として、被控訴人千葉相互銀行はもと千葉合同無尽株式会社と称する無尽会社であつたが、昭和二十六年十月十九日相互銀行に改組されたものであるところ、訴外越川春吉は、昭和二十三年十二月中、控訴人に無断で控訴人を代理して右千葉合同無尽株式会社との間に、控訴人名義をもつて、一口につき給付金契約高を金十万円とし二十回掛による月一回の掛金額を金五千円とする二十口分の無尽契約を締結した。控訴人はその後、右越川の手により控訴人に無断で控訴人所有の不動産に対し右無尽契約に関し千葉合同無尽株式会社のため根抵当権が設定されていることを知り、驚いて昭和二十六年十月中右会社を被告として千葉地方裁判所に無尽契約不存在確認等請求訴訟を提起した。ところが、右訴は昭和二十七年五月控訴人の妹で当時被控訴銀行に対し債権を有していた吉原繁子が自己の債権関係の解決と併せて控訴人と被控訴銀行との間の右争訟をも解決すべく、後者については控訴人の代理人として被控訴銀行との間に示談交渉を進め裁判外で示談が成立した結果、同月十三日訴の取下により終了した。その示談の内容は、(1)吉原がその名義で千葉合同無尽株式会社の別口無尽に加入して払い込んだ掛金中金七十万円を被控訴銀行は吉原に返還すること。(2)吉原が右会社木下出張所長越川春吉に貸し付けた金百九十五万円の債権を被控訴銀行に請求しない代りに被控訴銀行も控訴人に対し本件無尽契約上の金二百万円の抵当債権を請求しないこと、というのであつた。そして右(2)は、右記載の両者の債権を対当額で相殺しその差額金五万円は控訴人において免除を受けることを約定したものであるとともに、これにより当然に越川春吉が控訴人の無権代理人として千葉合同無尽株式会社との間に締結した前記無尽契約を追認したこととなる。よつて無権代理行為による本件無尽契約は本人たる控訴人につきその効力を生じたものであるが、右無尽契約においては、越川春吉において控訴人のため昭和二十四年九月まで十回にわたりその掛金合計金百万円を払い込んでおり、控訴人は期間中給付を受けたことなく、昭和二十五年七月をもつて満期となつたものであるから、控訴人は被控訴人に対し右無尽金の給付として右既掛金百万円の支払を求め得る筋合である。よつて控訴人は、被控訴銀行に対し、本件無尽契約の満期に基く給付の請求として右既掛金百万円及びこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求める、と主張した。

被控訴人千葉相互銀行は抗弁として、仮りに本件無尽契約が越川春吉によつて無権限に締結されたものであるとしても、右は控訴人主張のように追認によつて本人につき効力を生ずる無権代理行為ではない。けだし、当時施行されていた無尽業法第十二条によれば、無尽会社の使用人は何人の名義を以てするを問わず自己の計算においてその会社と無尽契約をなすことができないものであつたところ、越川春吉は右契約当時千葉合同無尽株式会社の木下出張所長であつて、同会社の使用人であり、そして本件無尽の掛金は同人が自らの出捐において払い込んでいるのであつて、このことからわかるように本件無尽契約は右会社の使用人たる越川が控訴人の名義を以て自己の計算において契約したものであるから、右規定に違反し、不法無効のものであるからである。仮りに本件無尽契約が控訴人主張のように越川の無権代理行為であるとしても、控訴人は、その主張の前記無尽契約不存在確認等請求訴訟事件の第一回口頭弁論期日に陳述した訴状で本件無尽契約の存在しないことを主張しているから、その後になされた追認の主張は何れもその効力がない。仮りに、控訴人主張の追認が認められるとしても、控訴人は昭和二十四年六月二十九日落札により本件無尽契約に基く給付金百九十万円を受領しているのであり、控訴人主張の示談契約においても、本件無尽が既に給付済のものであることが当然の前提とされ、この前提の上に立つて被控訴銀行はその未払込掛金百二十万円を控訴人に対する関係で請求しないこととしたのである(なお、右未払込掛金は被控訴銀行において示談成立後越川の費消金として帳簿上処理している)。このように本件無尽は給付済のものであるから、無尽の性質上被控訴銀行には払込掛金の返還義務はない、と争つた。

理由

被控訴銀行はもと千葉合同無尽株式会社と称する無尽会社であつたが昭和二十六年十月十九日相互銀行に改組されたものであること及び控訴人名義をもつて昭和二十三年十二月中右会社との間に一口につき給付金契約高を金十万円とし二十回掛による月一回の掛金額を金五千円とする二十口分の本件無尽契約が締結されたことは、当事者間に争いがない。

控訴人は本件無尽契約は越川春吉が控訴人を代理すべき権限がないのにその代理人として契約したものであると主張するので考えるのに、証拠を総合すれば、越川春吉は古くから千葉合同無尽株式会社に勤め昭和二十三年十二月当時は同会社木下出張所長の地位に在り以前から控訴人及びその妹吉原繁子と懇意の間柄であつたこと、越川は右在任中その権限の範囲を踰越して右会社の金銭を他に融通したり個人的に右会社の顧客等から金銭を受け入れてはこれを他に融通したりしていたこと、一方控訴人は同年十一月十五日当時旅館業であつた父が死亡し相続税の問題が生じたので、妹の吉原繁子及び越川と話合の上他日その納税資金を右会社から借り入れる準備として、又一面相続財産に抵当権の設定があるときは税の軽減が得られるとの考慮の下に相続財産たる土地五筆及び建物五棟につき予め右会社のため根抵当権設定の手続をなすこととし、その手続一切を越川に委任し右各不動産の権利証を同人に預けたけれども同人に対し右会社と本件無尽契約をなす代理権を与えたことはなかつたこと、しかるに越川は同年十二月中控訴人に無断で控訴人名義をもつて本件無尽契約を締結したことを認めることができ、右認定の事実に本件口頭弁論の全趣旨を併せ考えれば、本件無尽契約は右越川が控訴人のため該契約締結の代理権がないのにその代理人として締結した無権代理行為によるものであることを認めることができる。

控訴人は、本件無尽契約は無尽会社の使用人たる越川が控訴人名義をもつて自己の計算において会社と契約したものであるから、改正前の無尽業法第十二条に違反する不法無効の行為であつて、追認によつて本人につき効力を生ずる無権代理とはなし難い旨主張する。なるほど、後記認定の事実によれば、本件無尽についてはその第七回までの掛金は越川がこれを払い込み、そして昭和二十四年六月二十九日同人において控訴人名義をもつて落札の上所定の入札差金を控除した無尽給付金百九十万円を会社から受領し、その後同年九月三十日まで三回に亘り合計三十六万円の掛金の払込をしているのであつて、このことからすると一見本件無尽は越川が控訴人名義をもつて自己の計算において契約したものであるかの観がないではない。しかしながら、前に認定したように、越川は控訴人から控訴人が将来右会社から金員の借入をなす予定の下にあらかじめ控訴人に代つて同会社に対し控訴人の相続財産に根抵当権を設定する手続を委任され、少くともこの点の代理権を与えられていたのであつて、この事実に本件口頭弁論の全趣旨を総合して考えれば、越川は本件無尽契約をなす当時においてはその経済上の効果をも控訴人に帰せしめる意思を有したものと推認することができる。従つて、その後本件無尽の掛金の払込、落札及び無尽給付の受領が事実上越川によつてなされているとしても、このことから直ちに本件無尽契約が被控訴人の主張するように越川の計算においてなされたものと断定することは難しい。

次に控訴人は、その主張の無尽契約不存在確認等請求訴訟事件につき吉原繁子の関係事項をも併せ裁判外でその主張のような示談が被控訴銀行との間に成立し、その示談契約(2)の約定は当然に控訴人が越川のなした右無権代理行為による本件無尽契約を追認したこととなる旨主張するので、右主張の示談の成否(その示談内容として控訴人主張の(1)約定が成立したことは当事者間に争がない。)につき判断する。

証拠を総合すれば、越川は本件無尽契約締結後自らその初回から第七回までの掛金の払込をなしたが、かねて控訴人から右会社に対する根抵当権設定の委任を受けそのため付与されていた代理権に基き昭和二十四年五月四日控訴人主張の各不動産につき控訴人名義をもつて元本額金二百万円の限度において控訴人が無尽取引その他によつて右会社に対し負担する一切の債務を担保するための根抵当権を設定する旨の契約を右会社との間に締結し、同月二十八日その旨の根抵当権設定の登記手続を済ませた上本件無尽につき同年六月二十九日控訴人名義で自ら落札し、所定の入札差金を控除した金百九十万円の給付を受けその結果右根抵当権は右給付金受領後の掛金払込債務の担保にあてられることとなつたこと、しかるに越川は右給付金を控訴人には交付せず、これを他人に貸し付けて費消し、そして右給付口となつた本件無尽の掛金につき同年九月三十日まで三回にわたり計金三十六万円を払い込んだこと、一方、控訴人は、その後さきに越川に預けておいた右各不動産の登記済証が必要となつたので吉原を通じてその返還を越川に求めたところ、同人から控訴人名義をもつて前記会社の金二百万円の無尽に加入し既に給付を受け爾後の掛金債務のため前記各不動産がその担保となつているため右会社から右登記済証の返還を受けることができないことを告げられ、ここに始めて前記各事実を知るに至つたこと、そこで控訴人は、右会社に対し右登記の抹消、書類の返還等の交渉をしたけれども拒否され、却つて同会社から右無尽の未払込掛金を請求されたので、ついに昭和二十六年十月十二日頃右会社を被告として本件無尽契約は越川の無権代理によるもので控訴人としては右契約を締結したこともこれに基く給付を受けたこともなく右会社に対して何ら債務を負担していないことを理由として、右契約の不存在確認及び右根抵当権設定登記の抹消を求める訴訟を千葉地方裁判所に提起するに至つたこと、これに対し被控訴銀行は、右無尽契約並びに根抵当設定及びその登記が何れも控訴人の意思に基く有効なものであり、本件無尽は既に給付済であつて控訴人はその未払込掛金百二十万円の債務を負担するものである旨主張して譲らず、且つ右根抵当権の実行の準備を進めたこと、この被控訴人の意向及び根抵当権実行の気配を知つて驚いた控訴人は、吉原繁子を代理人として被控訴銀行と右事件の解決方につき交渉させたところ、吉原は、同人自身の権利関係をも併せて右事件につき被控訴銀行の当時の代表取締役関澄竜尾と交渉した結果、裁判外で示談が成立し、右訴訟は取下により終了したが、右示談の内容は、(イ)吉原が加入した無尽契約については合意の上これを解約し、被控訴銀行は吉原に対しその払込掛金中金七十二万六千円を即日払い戻し、吉原は、通帳に記載のあるその余の金三十万円余の掛金及び通帳には未記載の約金四十万円の掛金の返還請求権を放棄すること、(ロ)吉原が自身支出し又は同人の斡旋によりその親戚六名が支出して右会社木下出張所長越川に貸し付けたと主張する合計金百九十万円については、すべて吉原の責任においてこれを解決し、被控訴銀行に対しては一切その請求をしないこと、(ハ)給付を終つた本件無尽契約につき、被控訴銀行は控訴人に対しその未払込掛金百二十万円を請求せず、且つ前記根抵当権設定登記を抹消するに要する一切の書類を控訴人に交付することをそれぞれ約したものであつたこと、等の各事実を認定することができる。

右認定の事実をもつてすれば、控訴人の代理人吉原は右示談に際し、控訴人従前の主張のとおり本件無尽契約の不存在を前提として前記根抵当権設定登記の抹消を求めたけれども、被控訴人側は終始本件無尽契約並びに根抵当権の設定は控訴人の意思に基く有効なものであるとの主張を堅持して譲らず、且つ既に無尽給付を終つたものとして右根抵当権実行の気配を示したので、吉原は被控訴人のこのような強硬態度に鑑み、ついに控訴人の最も緊要とする根抵当権設定登記抹消の目的を達するためには控訴人及び吉原側において大幅な譲歩をなし、本件無尽についていえば、右契約は越川の無尽代理行為によるものではあるが控訴人として右契約が控訴人につきその効力を生じたことそして被控訴人主張の如く既給付となつていることを承認した上爾後の未払掛金の免除を受け、爾後右無尽契約については互に債権債務のないことを認め、右根抵当権設定登記の抹消を受けることで問題に終止符を打つよりほかないものと考え、右各事項を承認し、もつて前記示談契約を成立せしめたものであることを推認することができる。してみると、右示談の内容が全体として見て均衡を得たものであるか否かは別として、吉原が控訴人の代理人としてなした右承認の行為は本人たる控訴人につきその効力を生ずる結果、控訴人は越川の無権代理行為による本件無尽契約を追認するとともに、右和解において、右無尽が既給付のものであるとの被控訴人の主張を承認し、前示未払込掛金債務の免除を受け、爾後本件無尽契約上もはや互に何らの債権債務のないことを認めたものというべきである。

以上のとおり、本件無尽については、前記和解において給付済のものであることを認め、且つ控訴人においてその未払込掛金債務の免除を受けることになり爾後互に右契約上何らの債権債務のないことに確定したのであるから、右無尽が未給付であることを前提として、満期に基く給付請求として被控訴人に対し控訴人主張の既払込掛金百万円及びこれに対する支払済までの遅延損害金の支払を求める控訴人の請求はその余の争点を判断するまでもなく理由がない。

すなわち、控訴人の右請求を棄却した原判決は相当である。

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